子どもがどうしてこわがる

子どもの進路について話し合うとき

思春期を越えていくわが子先の手紙は、次のように続いています。
実はあの子が小学五年のときまで、一家は広島に住んでおりました。
なにを思ったのか、以前住んでいた所に行ってみたいといだしました。
幸い夫の姉夫婦が向つぶこうにいるものですから、何日かそちらに泊めてもらい、さに確かめてきたようでした。
幼い年月を過ごしてきた町中を、義姉の家に泊めてもらって、朝早く出かけて行き、夕方に帰ってくる。
どこでなにをしてきたかは、一切問わないことにしていると義姉は電話で私にそう伝えました。どうにか11日間をそんなふうに過ごして、本人はもういいから帰ると言って帰ってきたのです。当人が話さないので、どんなことがあったのか、今までに私たち両親もなにも聞いてはおりません。
いとこちょうど義姉の子……あの子の従兄が大学に合格したというときで、それが当人の刺激になり、自分も高校には行くといだして、それから、ほんの少しながら、自分で勉強をしはじめたようです先生のところにはじめて相談に伺ったとき、摘されたのが、頭を働かせようとばかりしている
と厳しく指私にはまるでわからなくて、実は情けない思いばかりでした。

子どもはよい人間関係を築けます今

全面的に否定されたと思う悔しさが、親として懸命に頑張ってきたことを、れかえっておりました。
あのとき胸にあふでも、を働かすのでなくて、なのですね。心が動くと体が動く。
ほんとに先生がおっしゃったとおりだと、今ではよくわかります。
親の私が少し変わると、子どもの反応が変わる。その変わり方がどういう意味のものかと自然に気づけるようになってから、子どもへの不信や不安が次第になくなってきたように思います。
自分の心が奥深いところから温まってきて、涙腺がつーんと痛くなって涙がにじんでくる。
度もそういうことを感じて、私自身、今では頭と心の違いがわかるようになりました。

 

子どもをよく観察する

両親もまた繰り返しながら大人になったのだと知れば成長の限界につながってしまう可能性もあります。

何一年以上も昼夜逆転の生活でしたので、これを元に戻すのはどれほど大変かと案じていましたのに、その気になれば、あっけなく戻るのですね。
ときどき本屋さんへも行くようになりました。ある日ファミコン誌を立ち読みしていたら、後ろから肩を叩く子がいて、びっくりして振り向くと、小学六年のときの同級生で、自分の見ているそのファミコン誌を探していたのだということから、話が少しできたのだそうです。
一緒にファミコンショップなどに行く友だちときどき誘いの電話をかけてくれるようになり、になりましたその友だちと約束した日曜などは、さっさと朝早く起きて出ていくのですまた、早朝の自分なりのトレーニングを始めるとって、自転車で出ていくようになりました。
でもやっぱり毎日朝早く起きるのが辛くて、自分から進んで神経科に行ったものの、自分の行
って、それからむしろあの子の行動や考えがはっきりしてきたようにくところではなかったと思います先生がテープで何回も強調してくださっているように、私はあの子のなにかちょっとしたプラスの面を見つけて、それをいちいち態度やことばで伝えてやることを懸命に心がけました。

母親っていうやり慣れると体につくというか、自然と自分の口からそういうことばが出るようになるのですね。習慣ですね。
すると次第に子ども自身が積極的に自分を認める、うになりました。
肯定する、それが当たり前になっていくよ中三の二学期の終わり頃、とにかく一度学校へ顔を見せるように言われ、生徒のいない教室に、私と二人でやっと行けました。あの子は先生に、土曜の午後、ほかの「なんで休みだしたのか自分でもわかりません。
といってしまいました」
一日だけと思って休んだらそのままずるずるっと説明しました。
あれでいいのですね。
あれ以上難しい説明を、子どもがする必要なんかないのだと思いました。
あれが言えたのがいいのです。
それにしても、私たち両親にしてみれば、あまりにも大変な思春期の反抗というものであったと思います。
母親のことですね
母親のことですね

母さんにとって何よりの息抜きにもなっています。

学校へ行くことを拒否親としての私たち夫婦のあり方、学校、先生、そして生徒としての子どもの体験。
なにもかも今まで親の私が見過ごしていたと思います。
進学については、たくさんの方々の配慮で高校に入学できて、本人は一日も休まず通っています。こんなお手紙を出せる日が来たという喜びで、胸がいっぱいです。
今、あらためてお礼申しあげます。
ありがとうございました。
子どもの目線で世の中を見る相談カウンセリングという仕事にかかわり続けてきた自分を振り返ってみて、どうにかこうにかこうしてやれているのは、どうも自分の論究がすぐれているとか、先師の導きによくついていったとかいうのでなくて、むしろ相談に来られた方々の支えや励ましに勇気づけられているからだとつくづく思います。

子どもの被害が余りにも多いからです。

相談に来られてから、よほど日がたったあとで、先のような手紙を時にいただくわけです。ひとさまを支える仕事であるはずなのに、こういうお手紙をいただくことで、かえってこちらのほうこそが、ああよかった、自信を持って頑張ろうと元気が出る。こちらが支えられます。
私は相談料を頂戴して、役に立つことをさせていただくほうであるわけなのですが、のなにかを逆に頂戴しているのもまた確かですね相談料以上なにも私の仕事だけではありません。すべての仕事が本来そういうものであるはずです。母はからだをこわすからいけない


成長の限界につながってしまう可能性もあります。 小学校高学年という 子どもは親が読つい魅かれてか絵本の文字を指さして