小学校高学年という

母さん片づけて

昔とちがって、今は時代が変わっているのだ。スキンシップのしすぎで、子どもが父親にしなだれかかるようでは困るがいつも子どもにとって父親が身近な存在であるように心掛けることも必要だ。
イラストレーターの山藤章二さんが面白いことを言っている。

ぼくとしては厳父と慈父の間をしじゅう揺れ動いているわけですよ。非常にこまかく揺れていて急に口やかましく、宿題やってあるのか1つなんて言い出すかと思うと、急に友だちづきあいしてオセロゲームやろうとか、時々刻々に変化するもんですから、子どもも対処しかねているんじゃないですか。中略ただ今日という時代は、厳父という形を維持するのが非常にむずかしい時代ですねえ。あれは!
つの芝居というか、昔の父親がデンと権力の座にいた家庭というのは、ちょっと演劇空間に似ていて、家族ぐるみで芝居をしているという感じがするんです。

母の女の生甲斐であった。つまり、一つの約束ごとで成り立っているんですよね。おやじは偉いものなんだ、厳しいものなんだというその一番の協力者は女房のわけで、女房が芝居仕立てをしないと、子どもはついてこないわけですね。いまの父親の権威失墜というのは、女房のあたりからボロが出ているような気がするんですよね。芝居をめちゃめちゃにしてますよ。おとうさんはだらしがないとか、給料が少ないとか、あの人より出世が遅いとか、そんなふうな父親の地を子どもの前でばらしちやったら、これはもう権威なんて、絶対なり立ちません親と子朝日新聞社刊よりわたしも同じような感じを持っている。

  • 育てた覚えはありません。
  • 成長期前後
  • 母さんが昔と比べると一人

母さんは僕との約束を守ってくれなかったじゃない

母さんを見ている妻が子どもの前で、夫の悪口を言ったり、夫をけなしたりすることはままあることだ。お父さん、またいつもの癖が始まったとか、しょうがないわねえとかを母親は子どもの前でよく言う。これは一見家庭円満のごとくみえるが、知らず知らずのうちに、父親を軽視する心を子どもに植えつけることになる。
-夫婦喧嘩は子どもの前でしない母親が子どもを扱うのと父親を扱うのは同じことだと思う。これは児童心理学の原理である。やはり父親を子どもの前でけなしてはいけない。内心は仕方のない夫だと思っていても、子どもの前ではやっぱりお父さんはちがうわねなどと言うことは、たいへん効果的である。
いわんや、夫婦喧嘩は気をつけなければいけない。妥協の余地もない猛烈な、人間としての尊厳を失うような型の夫婦喧嘩は、子どもの前で決してやるべきではない。

子どもさらにおまけがついた。子どもは感受性が強いのでショックは大人が考えるよりはるかに大きい。
わたしの子どもの頃、父と母は、しょっちゅう言い争いをやっていた。父の日記にも、しばしばきょうも輝子を殴ったなどと書いている。わたしが二人の間に泣いて割って入ったこともあるおかげで、わたしはいい加減なことでは驚かない一面を持つ子にはなったが……。
しかし、夫婦喧嘩といっても、ちょっとしたいさかいで、その後はジョークかなんかで、うまく締めくくれるようなのは、むしろご愛敬で子どもの教育にもなる。
後はパァッと晴れネチネチ、ダラダラした五月雨みたいな喧嘩はだめだ。
るような喧嘩ならば悪くない。
ゴロゴロと雷鳴一過家庭教育というのは、人に対する思いやりを教えることが根本だ。
うのが、家庭や社会をうまく成り立たせるための原動力にもなる。

学校は国電

一歩下がって人を立てるとい今の時代は、人を攻撃することによって満足感を味わったり、自分が偉くなったような気を簡単にもって自己陶酔に陥ってしまうような風潮が強い。しかし、そろそろこのことを反省していい時期だろう。戦前の儒教的で、封建的な社会と家庭教育の反動で戦後はこうなったのだろうが、時計の振り子のように、また別な方向に行くにちがいない。世の中は大きな周期で揺れ動いているのだカAら-一家の大黒柱としての責任を持つことで妻の協力も得られる問題のある家庭の多くは、父親の弱いところに悲劇が起こっている。父親が強いというのも、張って、大きい声を出すということではなく、堂々たる人格と責任感からくるものである。
威本来、母親はつねに実力者である。猫もニワトリも、き、敢然と自分より強い外敵に立ち向かうのは母親だ。
しかし、それを表に出すか出さないかが問題である野生生物が子どもや卵を外敵に襲われたと本当は主婦が家庭をリードしているものだ。

子供たちは一番嫌います。

学習グループです。昔の京都の女性というのは、自分の実力を決して表に出さなかった。決して、主人より上には自分を置かない。歩くのでも決して主人より前には出ない。何につけても主人を立てる。しかし、真の実力者はつねに妻であった。
今の若い夫婦の場合、共稼ぎで家事·育児を男女平等にやることを実践している人も少なくないようだだが、家事、育児を共同でやるにしても、それはあくまで、夫の意志によってやることが大切だ。
妻が、あなたやって下さいよというのではダメだ。凄に強制されて一所懸命やる亭主などいない亭主が自ら積極的に、女房が大変だから手伝ってやろうと、口には出さないが、掃除、洗たくをやってやるというのが理想の線だ。あくまで、亭主が自発的に家庭の仕事をする。妻が命令してはいけない。命令されるということは男にとってプライドを傷つけられ、必ずしも愉快なことではないからだ共働きで家事が多少おろそかになるのもやむを得ないことだが、育児については、たとえ短時間でもなるべく子どもと接触する時間を大事にするように、親は努力しなければならない。


母の女の生甲斐であった。 子どもは親が読つい魅かれてか絵本の文字を指さして 中学から高等